PINK-去りし女王の肖像-/石田月美

Posted 2023-04-18

真っ直ぐに背筋を伸ばしたまま、密蜂マーヤが引退する。SMを愛し続け、その美しさの絶頂で女王生活に幕を下ろす。2023年、花のほころぶさなかに。
ユリイカの「ミス・エレガンス」と称される彼女の壮麗さは、我らに甘美な蜜を与え続けてくれた。在籍の五年間、その蜜の虜になった者は多く、私もその一人である。密蜂マーヤを想うとき、美しさとは一体何なのだろうと自問する。表層的な美しさなんて、時代や環境、果ては個人の好みによって容易に移ろう。にも関わらず、彼女を眼差すと美の本質のようなものを感じる。
「もっと波風立てていいよ」。入店してしばらく経ったある日、先輩方に彼女はそう言われたらしい。常に周囲を気遣い、陰日向に努力する彼女にとって、その言葉は自分の凝り固まった価値観の根本を打開された気がしたと言う。事実、彼女はいつもユリイカの女王達がいかに素晴らしいかを雄弁に語るが、自身の魅力について尋ねると急に口籠る。
されど、それは当然なのだ。ユリイカで過ごした五年間、一番波風が立ったのは密蜂マーヤの内面そのものなのだから。彼女の自己葛藤、そのダイナミズムを我らは享受し魅了されてきた。周囲に感化され揺さぶられながら、常に自らを問い直し変容し続けてきた彼女の真摯な在りようは見る者の心を打つ。それは密蜂マーヤの大きな魅力だ。そしてそれに気付かない彼女というのも、いかにも彼女らしくチャーミングである。密蜂マーヤは時たま大真面目に浮世離れしたボケをかますが、本人は何が面白かったのか全くわからないようで、そのユニークな姿も秘密の魅力だと思う。知らないのは本人だけだが。

自分が良いと思うもの、美しいと思うものを貫き通すだけでも胆力のいることだ。しかし、何をもって良い、何をもって美しいとするかを問い考え、創造し続けることは更に力がいる。密蜂マーヤは背筋を伸ばしてそれをし続けてきた。真摯に生きる、その姿勢に美しさを感じない者はいない。そして彼女はこの体験を心底楽しかったと言い、周囲に感謝を述べる。「ユリイカがなければ、今の私はありません。この嘘偽りが通用しない場所で、私は心地良く皮が剥がれていくようでした」。
密蜂マーヤのユリイカでの時間は、己の美意識や美学を再編成するものであったのだろう。彼女がそれらを手放したことは一度もない。けれどなお、変化していったことはユリイカで彼女を眼差し続けた者ならわかるはずだ。
いつだって密蜂マーヤは美しい。その美しさが編み直されていく軌跡に立ち会えたことを光栄に思う。人間の魅力とは美と真に深く根差しているが故に、密蜂マーヤは眼差す者を虜にする。この蜜の味を私は決して忘れない。時が移ろい過ぎ去ろうとも。

石田月美
いしだつきみ
1983 年生まれの東京育ち。物書き。幼少の頃から周囲と馴染めず、浮き上がった自分を抱えながら過ごす。生き延びるための物語&How to を綴った『ウツ婚!!―死にたい私が生き延びるための婚活』を晶文社より 2020 年に出版。様々な精神疾患を抱えたまま、婚活し結婚し、不妊治療を経て、現在二児の母。
シネイカの御三方、新井英樹さん・鏡ゆみこさん・二村ヒトシさんにはお世話になっていて、新井さんには「メンヘラパリピ」と呼ばれるし、ゆみこさんにはSMサロンへの寄稿だ!と飛ばし過ぎる月美を「もうちょっとマイルドで」と嗜められ、二村さんにはノールックで「今日もイイ女だね~」とあしらわれている。

「ウツ婚！！―死にたい私が生き延びるための婚活」（晶文社）石田月美著
https://www.amazon.co.jp/dp/4794972008/

「全ての悩みは作品である」https://stand.fm/channels/5f6090cﬀ04555115d 7c263e

石田月美 note https://note.com/ishida2kimi

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