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映画、秘められた欲望-第一回/柳下毅一郎

Posted 2021-05-05

映

画にとっていちばん必要ないものが日常 である。生まれてはじめて劇場で見た映画が 『三 大 怪 獣 地 球 最 大 の 決 戦』だった自 分 に とって、映画とは非日常であり、このクソつま らない現実から飛翔させてくれるものだった。 映画のスクリーンは見たこともないものを見せ てくれるもの、未知なるものと空想的存在を 見せてくれるものだった。

だから、この世ならざるものを追い求める 映画作家にはかぎりなくシンパシーを感じる のである。神に挑む男、ヴェルナー・ヘルツォー クがそれである。

ヘルツォークはつねにこの世から抜け出すこ とを求めていた。クラウス・キンスキーという 最良のパートナーをを得て、ヘルツォークの最 良のフィクションは現実からはみだしてし まった「ラージャー・ザン・ライフ」な人間を描 くものだった。人ではなく神となるアギーレ、 船頭一人なのに船が山を登ってしまうフィッツ カラルド。ヘルツォークにとっての生とはそう したものであり、決して四畳半一間の日常なん かではない。それはヘルツォークがフィクショ ンと同じくらい、いやそれよりもはるかに重要

なものとしていたかもしれないドキュメンタ リーにおいても同様である。ヘルツォークが求 めてやまないのはこの世にときにあらわれる 現実の裂け目であり、向こう側をかいま見てし まった人だった。現実の向こう側。 ティモシー・トレッドウェルはそれを見てし まった人である。

『グリズリーマン』(2005 年/米)

トレッドウェルはあきらかに人間の世界を 嫌っており、人 間 のいない 熊たちの 世 界を 幻視していた。そして、実際に熊の世界に旅 立ってしまったのだ。2003 年 10 月、トレッド ウェルはガールフレンドとともにアラスカの 国立公園に滞在中、熊に襲われて死亡する。
トレッドウェルとガールフレンドは熊に襲 われ、食べられてしまったのだ。『グリズリー マン』で、ヘルツォークはトレッドウェルが 残した映像を見せながらトレッドウェルの 人生を語っていく。この、トレッドウェルが 残した映像が素晴らしいのである。熊どうし が争うさまを望遠でとらえた映像が延々と 続く。人間のいない世界で無音でぶつかり あう熊たちの姿はほとんど黙示的だ。すべて が終わったあと、世界の終わりを目撃してい るかのようだ。これがトレッドウェルが見て いた熊たちの世界なのだ。それはきちんと ルールを守って熊たちを観察していたので は、決して見られない世界だったろう。

映画の中には熊とたわむれ、危険なまでに 熊に近づくトレッドウェルの姿が映されて いる。彼は自分は熊の友達であり、崇高なる 熊たちの生を脅かす他の人間たちとは違う のだと思っていた。映画の中にすばらしく印 象的な自撮りがある。トレッドウェルが奥に いるお気に入りの熊を紹介していると、どこ からともなくキツネがあらわれ、野生の小狐

がトレッドウェルに寄ってくるのだ。トレッ ドウェルは大自然とひとつになっていた。 単身で国立公園にキャンプし、熊たちと戯れ る。人 間 の い な い 世 界。彼 が 見 て いたのは 我々が生きているのとは異なる世界、我々に は垣間見ることしかできない世界だったの かもしれない。

ヘルツォークにとって、トレッドウェルは 条理を超えたところにある向こう側の世界 を見た人だったのだろう。彼は彼の見たもの を渇望するように、愛おしそうに奇跡の映像 を見つめる。だが、もちろん、トレッドウェ ルのそのすべてはいずれ破れる幻想でしか なく、トレッドウェルがどんなに熊を愛そう と、熊にとって彼はただの食料でしかなかっ た。トレッドウェルの世界はただの熊マニア の妄想でしかなかったのである。だが、それ でも、しかし……

そ の「し か し」と「し ょ せ ん」の あ い だ に 起こり得ないことが起こる奇跡がある。それ こそがヘルツォークがずっと探し続けてい る現実の裂け目なのだ。 柳下きいちろう1963年大阪府生まれ。特殊翻訳家。映画評論家。殺人研究家。 ■訳書 R・A・ラファティ『第四の館』(国書刊行会)

アラン・ムーア/ J・H・ウィリアムズIII 『プロメテア』(小学館集英社プロダクション) など

■著書 『新世紀読書大全』(洋泉社) 『皆殺し映画通信』シリーズ(カンゼン) など

■編書 『女優林由美香』(洋泉社) など
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